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急に世界が明るくなったので眩しくて目が空けられないまま、俺は鼻と口から吐瀉物を垂れ流した。

「あれまあ!」

まだ眩しくて目が開けられないが、このひどく驚いた声はおそらく桃を運んできたお婆さんの声だろう。

そりゃまあ桃から生まれた桃太郎がパジャマ姿でいきなり鼻と口からリバースすれば誰だって驚くに違いない。

 

優しくもお婆さんは俺の背中をさすりながら「大丈夫かい?もっと丁寧に運ぶんだったねえ」と俺を気遣ってくれた。

 

しばらくげえげえ言っているうちに目が明るさに慣れてきた。どうやら今は夕方らしい。

俺はそんなに寝ていたつもりはないのだけど。

 

「もう大丈夫です。ありがとうございます」

俺がそう言ってお婆さんのほうを向くと、そこにいたのは全然ムキムキじゃない、いかにも優しそうなお婆さんであった。

本当にこのお婆さんが桃を運んできたのだろうか。マッスルブレードも見当たらないし。

 

今しがた俺の鼻と口から出てきた吐瀉物を見ると、昨日の晩に食べたカレーうどんだった。

 

やはり俺はつい昨日まで普通の世界に生きる普通の中学三年生だったのだ。

それがどうして桃に飲み込まれて引きずりまわされた挙句、鼻と口からうどんをリバースするような羽目に合うのか。

世の中何が起こるかわからないというけれど全くその通りだ。

 

「ほら、君、水を持って来たよ。口をすすぎたいだろう?」

振り返ると、水の入った桶をもった立派なあご鬚を蓄えたお爺さんがいた。

「ありがとうございます」

俺はありがたく桶を受け取り、鼻と口の中を綺麗に洗い流した。

 

「とりあえず家へお上がり。お風呂に入りたいだろう?」

 

お言葉に甘えて家へ上がらせてもらって風呂に入らせてもらい、やっと思考が落ち着いてきた。

「なんだか思っていたのと随分違うなあ」

俺は湯船の中で誰にともなく呟いた。

さっきまで俺は、ここは桃太郎の世界だと思っていたけれど、どうやら違うらしい。

 

お爺さんの服装は深緑のボタンダウンとベージュのチノパンでお婆さんは紅色のセーターにブラウンのロングスカートだったし、この家も周りは田んぼや畑だらけだけど、とっても現代的だ。

風呂場には温度や水位を管理するコンパネが付いていて、俺の家よりも進んでいる。

シャンプーやコンディショナーも、見たことも聞いたことも無い銘柄だけどきちんと揃っている。

 

ここが桃太郎の世界で無いとすると、もしかして俺が元いた普通の世界のままなのか?

 

ファンタジー要素抜きで考えると、昨日の晩から明け方にかけての間に俺は何者かによって巨大な桃に詰め込まれて川に流された、とかだろうか。

 

いや、それは十分にファンタジーだ。非日常以外の何でもない。

俺が生きていた世界に中学三年生を桃に幽閉して川に流すような輩は一人もいないだろう。

 

そしてなによりあのお婆さんが俺入り巨大桃をここまで運んできたことが一番ファンタジーだ。

あの細い体のどこにそんなマッスルがあるんだろうか。

 

桃太郎の世界でも元いた世界でもないここは、一体どこなんだろうか?

 

思考はまとまらないが、のぼせそうになったのでとりあえず俺は湯船から上がり、お爺さんから貸して貰った服を来て、老夫婦の待つリビングルームへ向かった。

 

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