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「し、鹿が喋った!」

俺は一歩退くリアクション付きで起こった事実を口にした。

「なんだね、君。鹿が喋ることだってあるだろう」

ない。

少なくとも俺の知る限りなかった。

「君の知る限り?それは君がまだ人生経験が浅く、今まで喋る鹿に出会ったことがないだけだ。オウムだって言葉を話すじゃないか。ならば鹿が話してもよかろう?」

よくない。

っていうか、今この鹿、俺が頭の中で考えていたことを言い当てたぞ。

「一体どうなってるんだ」

と、ひとしきり慌ててみたものの、よくよく考えればそんなに驚くことでもない。

俺とてついさっき桃の中に閉じ込められていたのだ。

しかもこれから持参物は炭酸せんべいのみで鬼に喧嘩を売りにいく。

鬼がいるのだ。

喋れて心が読める鹿くらいいるだろう。

「その柔軟な思考を失わずに成長したまえ少年。それはそうと私は空腹だ。その鹿せんべいを分けてくれれば僥倖なのだが」

「あげるのは構わないけれど、これは鹿せんべいじゃなくて炭酸せんべいだ」

俺は炭酸せんべいを3枚ほど差し出した。

鹿はこちらに歩み寄ってきてはむはむとせんべいを食べた。

まさかこの鹿が鬼退治のお供か?

しまった。ついてくるならくれてやる、というのを忘れていた。

しかしこの鹿は役に立つのだろうか。

「失敬だな君は。心配せずとも君についていくとも」

「ありがとう」

まあ、浜松晴子さん奪還のために、例え鹿でも仲間は多いにこしたことはない。

この立派な角で以って鬼をえいやっとやっつけてくれるかもしれないし。

無事でいてくれ浜松さん。

助け出せるかどうかは別にして、今助けに行く。

「私を過信することはお勧めできない。ところでその浜松さんとやらは君の想い人かね?」

「無断で俺の心を読むのはやめてくれないか」

何故たった今知り合った鹿に初恋を蒸し返されねばならんのか。

「それはむずかしいな。私は読もうとしているわけではない。何もせずともわかるのだ。しかしまあ君がそう言うなら、君が口にしないことにはなるべく何も言わないことにしよう」

なんだか鼻につく哺乳類だな。

「さあ行くぞ。ことは一刻を争うかもしれないんだ」

 

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