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「そう身構えるな小僧。何も俺はお前を食っちまおうと思っているわけじゃないぜ」

俺とてこのインテリメガネに捕食される心配はしていない。

「お前も結界を通り抜けてきたのか。全く、妖術云々もあまりあてにならんな」

お前も、ということは、浜松さんは少なくとも既に一度ここに来ている。

「浜松さんはどこだ」

俺はなるべく厳かに聞こえるように低い声を出した。

実際どう聞こえたかは知らん。

「あのお嬢ちゃんのことか。お姫様はわかりやすく檻の中だ。心配せずとも食事は毎日三食出してやってるし、檻の中には個室の厠まである。風呂に入れないのが気持ち悪いとぶうぶう言っていたが、そこまでは俺達も面倒見きれんな」

浜松さんはほんとうに鬼に捕らえられているようだ。

まあ、さっき思ったみたいに道に迷ってるだけとかだったら、俺がここまできた意味がない。

というか随分優しい鬼だな。いよいよもってこいつらの極悪非道さがわからない。

「少年。一応自らの名誉のために言っておきたいのだが、私は人前で排便するような恥知らずな鹿ではないぞ」

心底どうでもいい。

よってシカトする。鹿だけに。

……いかん。そうとう頭が参っているようだ。無理も無いが。

というか今あの青ジャージ、我々と言ったな。

「他にも鬼がいるのか?というかおまえは鬼でいいのか?あとどうしてそんな中学生みたいなジャージなんだ。もうちょっとどうにかなっただろ」

「あのお嬢ちゃんといいお前といい、この格好のエレガントさが幼さ故に理解できんのは仕方が無いとして、年上に対する口の利き方も知らんのか」

「年上の人外に会ったことがないんだよ。質問に答えろ」

「少年。嫌に強気だな。私はてっきり君は鬼と対峙したら縮こまって何もいえないかと思った」

黙れ哺乳類。俺も哺乳類か。

「いかにも。見ての通り俺は鬼だ」

ドン・キホーテで420円くらいで売ってそうなショボい角を生やしてこいつは何を言っているんだろうか(ドン・キホーテに行ったことはないが、友達の話を聞く限り多分ああいうのがいっぱい売っている)。

「そしてもちろん他にも鬼はいる。しかし今は皆街に商品の仕入れやら営業やらに行っているから俺一人だ」

「じゃあとりあえずお前をどうにかすれば浜松さんを取り返せるんだな」

「さも浜松さんが自分のものみたいな言い方だな少年」

こいつさっきからマジでうるさい。

青ジャージはくつくつと笑った。なんとなくムカつく。

「そういうことになる。しかしどうする気だ小僧」

腕っ節に自信は無いが、あのインテリ眼鏡一人ならもしかすると俺でも勝てるかもしれない。

というか勝たねばならない。

俺は半歩下がって半身になり、拳を固く握って構えた。

「おいおい少年。俺と殴り合おうって言うのか?」

「おまえが浜松さんを無条件に返してくれるのなら、俺は即座に下山する」

「鬼が素直に『はいそうですか』とお嬢ちゃんを返すと思うか?」

思わないからとりたくもないファイティングポーズをとっているのである。

「小僧、安心しろ。平和的に勝負しようじゃないか。お前が勝ったらお嬢ちゃんを返してやろう。俺が勝ったらお前も今日から囚われの身だ」

「良かったな少年。どちらにせよ浜松さんと一緒にいられるではないか」

少しは黙れないのかコイツは。

「おい青ジャージ。俺が負けたらこの鹿を食ってもいいぞ」

「いや、そいつはいらん」

即答しやがった。まあ確かにいらんだろうけど。

「失敬だな。食べたこともないクセに」

食われたいのかお前は。

「で、勝負の方法は?」

平和的な勝負、か。バスケットだったらいいな。

もしくは神経衰弱でもいい。

「縄跳びだ」

「は?」

 

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