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「縄跳び?」

俺は思わず復唱した。

「そうだ。ルールは至って簡単。長く飛び続けたほうの勝ち、それだけだ」

「飛び方は?」

はやぶさだったらどうしよう。出来ない。

「普通に前跳びだ。自慢じゃないが俺は二重跳びはおろか、あや跳びもできない」

どこまでもなさけない鬼だな。

「わかった。その勝負乗ってやる。ちなみに俺は小学三年生の頃、担任が体育の授業の準備運動のつもりで前跳び耐久勝負をやろうと言い出したときに、クラスメイトの女子と一時間に及ぶデッドヒートを繰り広げてみんなが楽しみにしていたドッジボールの授業を台無しにしたことがある。さあ、さっさと縄をよこせ」

「む、ルール説明はまだ終わっていない」

いや、終わってただろ。それだけだ、って言ったじゃないか。

「お前には下剤を飲んでもらう」

「はあ!?何を言ってやがる」

この野郎、俺の微妙すぎる自慢に怖気づきやがったのか。

あんなこと言うんじゃなかった。

「大体鬼が正々堂々勝負するわけ無いだろうアホめ。どうする。おめおめと逃げ帰るか?まあ逃がす気は無いが」

ぐぬぬ。

今まで聞いた鬼どもの所業の中で一番極悪非道だ。

どうして下剤を飲んで縄跳びなんぞせねばならんのか。

しかしここで退くわけにはいかない。浜松さんを置いて逃げるようなことだけは絶対にしてはいけない。

「未練たらたらではないか少年」

「うるさい偏屈鹿。おいジャージ野郎。いいだろう。その条件で闘う。約束は守れよ」

「その心意気やよし。しかし貴様に勝ちはない。ついて来い」

鬼はもと出てきた部屋へ歩を進めた。

「少年、大丈夫なのだろうな。君が負けたら私は食われるのだぞ」

いらんと言われただろうが。

通された部屋は、事務室だった。

かなり広いタイル張りの部屋で、事務用机やダンボールが並んでいる。

その部屋の隅に、4畳半くらいの折があり、そこで少女が大の字になって寝転がっていた。

「浜松さん?」

俺が呼びかけると、少女はむくりと起き上がった。

「あれ?里中くん?久しぶりだね」

やっぱり浜松さんだった。

彼女は水色のパジャマ姿だった。恐らくはこの世界に来る前に来ていたものだろう。

っていうか久しぶりだねって、随分落ち着いているな。

彼女の器の大きさは計り知れない。

「里中くんも桃に乗って流れてきたの?」

彼女は三角座りをして俺の目をじっと見た。

「うん。3時間ほど前に」

「それはそれは。気持ち悪かったでしょ、桃の中。私ちょっと泣いちゃったよ」

「俺はかなり吐いちゃったよ」

「おおぅ」

浜松さんはみじろぎした。余計なことを言ったかな。

「おい小僧。感動の再会中に悪いが、さっさとコレを飲め」

そういって鬼は俺に紙コップと錠剤を渡した。

「おい、これが下剤だという保証がどこにある。劇薬じゃないだろうな」

「俺もそこまで鬼じゃない」

どっちなんだよ。

しかしここでぐずぐずしていても仕方が無いので、俺は腹をくくった。

鬼は俺が薬を飲んだことを確認すると、浜松さんの檻の周辺の机を端に寄せだした。

跳ぶスペースを作っているのだろう。そういうところ優しいなこいつ。

「里中くん、何を飲んだの?」

浜松さんが特に心配でもなさそうに問うてきた。

「下剤だよ。今からあの青ジャージと前跳びをどっちが長いこと跳べるか勝負して、勝ったら浜松さんも俺も下山できるんだ」

「もとの世界には帰れないの?」

「さあ?そこまではわからないな。なにせまだ3時間だから」

「そっかー。頑張ってね。私、お風呂に入りたくて仕方ないんだ。頭が痒いよう」

「あんまりアテにしないでよ。なにせげざウゲえっ…!」

「うわ、大丈夫?」

やはり浜松さんはあまり心配しているようには聞こえない声で言った。

「下剤が効いてきたようだな。少年、踏ん張れ。いや、あんまり力むべきではないな」

鹿がしょうもないことを言っているがツッコむ気にならない。

すさまじい腹痛に襲われ、早くも俺の心は折れかけている。

「うわ?鹿が喋った!」

浜松さんが心底楽しそうにはしゃいだ。嘘でもいいから心配してくれよ。

俺はあまりの痛みに膝をついた。

「ほらよ小僧」

机を片した鬼が俺の目の前に縄跳びを落とした。100円ショップで売っているようなピンク色のラメの入った縄跳びだった。

「さっさと立て」

 

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